2026年 3月 23日
世界自然遺産・知床の玄関口、北海道斜里町は農水産業と観光業が盛んな町だ。株式会社知床ごんた村は2010年からコテージやテントに泊まりながら農産物の収穫を体験する宿泊型農業体験施設を運営している。地域経済の柱となっている農業と観光をつなぐ取り組みだ。農業経験のなかった地元の自動車学校の経営者が事業をスタート。コロナ禍の厳しい時期を乗り越え、斜里町の新たな魅力を国内外に発信している。
収穫体験や川釣り、五右衛門風呂…豊かな自然を満喫

知床ごんた村は斜里町の中心地、知床斜里駅から車で10分ほどの距離にある。約1.7ヘクタールの農園では、トマトやキュウリ、ナス、とうもろこしなどの生鮮野菜を栽培している。農薬や化学肥料の使用を極力抑えた安全安心な「特別栽培野菜」だ。農園では、育てた野菜の収穫を体験できるほか、ピザ窯やバーベキュー場があり、自ら収穫した野菜を自ら調理して味わうこともできる。
農園内には、最大5人が泊まれる宿泊コテージ3棟のほか、キャンプ場が設けられている。コテージの近くには、五右衛門風呂が設けられ、晴れた日の夜は満天の星空を眺めながらの入浴を楽しむことができる。「お客さんに喜んでもらおうと、話題づくりで作ったが、大変好評をいただいている。意外にも海外からのお客様に人気になっている」と知床ごんた村代表取締役の竹田栄治氏は笑顔をみせた。

農業体験だけでなく、施設近くを流れる幾品川で川釣りも楽しめる。農山漁村に泊まって、地域の農産物や文化に触れる「農泊」が全国的に広がりをみせているが、その先駆けともいえる施設だ。
知床ごんた村の創業者である竹田氏は、地元の株式会社斜里自動車学校の社長でもある。斜里町や周辺の町から生徒を受け入れていたが、少子化を背景に年々、生徒の数は減少傾向にあった。将来が見通せない中で、新たな事業を検討。その中で着目したのが農業だった。
「この地域は11月から翌年4月に教習生が集中し、夏の時期は生徒がこない閑散期に入ってしまう。一方で、農業は夏が忙しい。指導員たちに夏場に働ける場を確保できる、と思い立った」と竹田氏は語る。
農業経験ゼロからのスタート 一歩一歩経験を積む

竹田氏は北海道津別町の出身。元自衛隊員で26歳のときに退官し、自衛隊時代の先輩から紹介された斜里自動車学校に1981年に入社した。教習生に運転方法を指導するインストラクターとして副管理者の立場にいたところ、自動車学校のオーナーから2005年に経営も任されるようになり、その3年後には社長に就任した。
「以前から農業に関心を持っていた」という竹田氏。過去に知人の農家の手伝いをした時、過剰に農薬を散布し、虫にちょっと食べられただけで廃棄扱いになる生産現場の姿を目の当たりにし、疑問を持った。「虫も食べない野菜なんておいしいはずがない。もっと安心安全な野菜を作ってみたい」。
そこで、新規事業を模索する中、農薬や化学肥料を使わない農業を自ら実践し、都会に住む人や子供たちに収穫の体験をしてもらう事業を展開することにした。自動車学校のオーナーに掛け合うと、資金の拠出を受け入れてくれた。その資金をもとに2007年に教習所近くの敷地に栽培用のハウスを1棟設け、同僚の指導員2人とともに農業を始めた。
「みな農業の経験はほぼゼロ。地元の農協や農業改良普及センターの職員の指導を受けながら一歩一歩、技術を積んでいった。特に改良普及センターの先生はものすごく心配をしてくれて、ハウスによく足を運んでもらった」と竹田氏は振り返った。
農業改良普及センターは、農家に対して環境にやさしい栽培法や生産技術の導入などを支援する機関。竹田氏自身は当初、農薬や化学肥料を一切使用しない有機栽培に取り組もうと考えていた。だが、高い技術が求められ、失敗のリスクも高くなる。センターの指導員からアドバイスされ、通常よりも農薬と化学肥料の使用量を半減させた「特別栽培農産物」の生産に取り組んだ。
研究熱心でセンターの指導だけでなく、栽培技術が高いと評判の農家のもとに直接足を運んで栽培ノウハウの教えを乞うこともあった。「門前払いを受けることもあったが、しつこく顔を出して、敷居をまたがせてもらうこともあった」と竹田氏は振り返る。
1.7ヘクタールの土地を確保 大きな転機に

農業にチャレンジして1年ほど経過したころに大きな転機が訪れた。竹田氏の取り組みを聞いた知人の経営者から「土地を譲ってもいい」という申し出を受けた。経営者が残土置き場などにしていた土地で、格安の値段で譲り受けた。そして、草地だった土地を農地として整備。2009年に株式会社知床ごんた村を設立した。
ところが、土地の取得や整備などでオーナーから拠出してもらった資金をほぼ使い果たしていた。「これ以上はオーナーに迷惑をかけられない」と、地域の課題解決や地域活性化に向けた取り組みを支援する北海道の「地域づくり総合補助金」の申請にチャレンジした。農業法人を設立し、簡易宿泊施設の許可を受けた。補助金を獲得するため、経験したことがなかった事業計画の作成にも取り組んだ。
2010年に補助金の交付を受け、コテージのほか、栽培用のハウス13棟を整備したという。土地を取得した当初は農業だけのつもりだったが、補助金獲得を機に一気に宿泊施設の運営にも手を広げることになった。
知床ごんた村では、「ごんた」という名の柴犬が飼われている。肩書は村長。竹田氏は村長代理だそうだ。施設の名称はこの犬の名前からとったのではなく、まず施設名を決めてから柴犬を飼い始め、「ごんた」と名付けたという。施設のスタートとともに年齢を重ね、16歳の高齢となったが、施設のマスコットとして愛されている。
地元のホテルも利用し「地産地消」の輪が広がる

栽培用のハウスが13棟もあると、野菜の収穫量も大幅に増え、利用客向けだけでは消費できないほどになった。一時は販売仲介業者を通じて全国販売に取り組んだが、逆に需要が大きくなり、本来取り組もうとしていた環境にやさしい農産物の生産が難しくなってしまい、撤退を決断した。
一方で、知床観光の拠点となっているウトロ地区のリゾートホテルが評判を聞きつけ、取引を申し出てくれた。
もともと農業が盛んな斜里町だが、ジャガイモやてん菜、小麦といった農産物を大規模に生産する農家が多く、収穫した農産物は食品事業者向けに出荷。知床ごんた村のように消費者が直接、口にするような野菜や果物を栽培する農家は少なかった。地元の農産品を使ったメニューはホテルにとっても宿泊客への大きなアピールになる。やがて、ウトロ地区にある複数のホテルが知床ごんた村から野菜を仕入れるようになった。
竹田氏自身も町内の幹線道路沿いにレストランをオープン。収穫した野菜を使ったピザやパスタを提供しており、地産地消の輪を広げている。また、斜里町には、観光客向けの農産物の直売所がなく、観光客からのクレームが多かったそうだ。新たな観光の魅力を発信しようと町内に直売所づくりを進める動きが出ており、竹田氏もその取り組みをサポート。地元で生産した食材を提供できる数少ない農業事業者として存在感を高めている。
安全安心な農・食とは 広がる「体験」利用

事業を始めてから10年以上が経過。昨夏は葉物野菜の栽培にチャレンジした。農薬をなるべく使用しない栽培方法を採用しているため、多くが虫に食べられ、売り物にはならなかったそうだ。「畑を舞っている蝶が恨めしかった。知り合いの農家のおばあさんは上手に育て上げている。まだまだ学ぶことが多い」と竹田氏。
一方、竹田氏が農業に取り組んだ目的の一つである「農業体験」では、地元の小中学校と連携し、児童・生徒たちと種まきから収穫までを体験する活動を長く続けてきた。農園にコテージなどの宿泊施設を設けたことで、地元だけでなく札幌など道内各地や首都圏などから家族連れを中心に利用客が広がっている。
竹田氏によると、収穫体験では極端に曲がった「ウルトラC」のキュウリや色にムラがあるパプリカなども子供たちが収穫し、自ら調理して食べてもらうのだという。形はいびつだが、農薬や化学肥料を極力抑えた安全安心な野菜だ。「野菜売り場には形の整ったキュウリやナスが売られているが、すべてがみなそうではない。そんな野菜でも食べればみな同じようにおいしい。そんな体験から農業の面白さや大変さ、環境を守ることの大切さを学んでもらっている」。

事業開始当初から宿泊施設は順調に推移していたが、コロナ禍で大きな壁にぶつかった。施設の稼働がピタリと止まり、厳しい状況に追い込まれたそうだ。しかし、コロナ禍の収束とともに客足も徐々に回復。2025年の夏は連日、満室近くになるほど盛況になった。
利用客は札幌を中心とした道内が最も多く、全体の4割近くを占めている。次いで首都圏からの利用が3割を超えている。特に海外からの利用者も急増し、2025年は全体の2割を超えた。また、地元以外で初めて神奈川県内の高校の修学旅行生を受け入れた。
「施設栽培の技術も習得し、野菜も採れるようになってきた。ごんた村が取り組む安心安全な野菜づくりを全国の人に知ってもらいたい。また、農業や食育について学ぶ場として、これからより多くの児童・生徒に利用してもらえるようがんばっていきたい」と竹田氏は話していた。
- 企業名
- 株式会社知床ごんた村
- Webサイト
- 設立
- 2009年12月
- 資本金
- 300万円
- 従業員数
- 3人
- 代表者
- 竹田栄治 氏
- 所在地
- 北海道斜里町朝日町2-6(本社) 北海道斜里町以久科南85-4(農園)
- Tel
- 0152-23-3195(斜里自動車学校内)
- 事業内容
- 特別栽培農産物の生産・販売、宿泊型農業体験施設の運営、レストラン



