2026年 6月 12日
液体包装分野で独自技術を次々と生み出し、国内外で注目を集める株式会社悠心(新潟県三条市)。同社は、開封後も空気が入りにくい逆止機能付き液体容器「PID(パウチ・イン・ディスペンサー)」を世界で初めて開発し、醤油や調味料市場に新たな価値をもたらした。研究開発力を武器に自立経営を貫く姿勢は、中小企業の一つのモデルといえる。
上場企業の常務から58歳で起業
二瀬克規社長が悠心を創業したのは2007年、58歳の時だった。東証一部上場(当時)食品用包装企業の常務からの転身だった。新卒で入社した会社は、最初は従業員18人の中小受託事業者だった。それを自身の努力もあり、上場企業にまで成長させた自負心はあったものの、「残りの人生は、自分で新しいことに挑戦したい」と考えていた。そんな時に、懇意にしていた協力企業の社員が独立し、苦労していることを聞き「それなら一緒にやろう」となり、同社を立ち上げた。開業資金は、二瀬社長の自己資金で賄った。しばらくは収入が得られないことを踏まえ、資本金をあえて手厚くするなど、一からの再出発だった。
とにかく、まだ世の中にない製品を開発しようと取り組んだ。最初にできたのが、醤油やたれなどの液体を入れる小袋。それまでの袋は、開ける時に力加減を間違えると、液体が飛び出てしまう課題があった。二瀬社長は袋の端にミシン目を入れて、注ぎ口が安定して切れる技術を開発した。この技術が大手納豆メーカーに採用され、たれ用の小袋として使われるようになった。
醤油の鮮度を保つ容器

事業の転機となったのが、「PID」の開発だった。作りたての醤油は、透明度のある茶色の液体だが、空気に触れると酸化して真っ黒になり、香りも飛んでしまう。ある日、二瀬社長が顕微鏡で使うカバーガラスを2枚合わせてその間に液体を入れてみると、毛細管現象でガラスの隙間に液体が広がってガラスに密着していた。このガラスをフィルムにして液体を流すと、流れる量に応じてフィルムが閉じたり開いたりして、常に密封状態を保つことが分かった。この段階で、ある学会で研究成果を発表したところ、大手醤油メーカーのヤマサ醤油株式会社の社員が「是非一緒にやらせてほしい」と言ってきた。二瀬社長は「まだPIDを製造する機械は開発中なので無理です」と2回断ったが、「とにかく一番にうちとやってほしい」と熱心にくどかれ、共同開発をすることになった。両社で機密保持契約を結ぶことになり、ヤマサから送られてきた契約書には、オーナーの名前と押印が記されていた。それを見て二瀬社長は「相手も本気だ」と理解し、機械の開発に一層力を入れることになった。
何とか初号機を完成させて、ヤマサの工場に持ち込んだが、不具合が発生してうまく稼働しない。二瀬社長と社員のエンジニアは数か月間工場近くに泊まり込んで改良に打ち込んだ。不具合のある部品の設計図をその場で作成し、本社に送ると翌日には宅配便で部品が届き、それを使って検証するという作業を重ねた。苦労の末に稼働した製造装置から生み出された醤油が「鮮度の一滴」というブランド名で販売されると、消費者から大きな反響があった。鮮度を保てる容器が消費者の関心を集めたのだ。醤油はスーパーの店頭で特売品として売られるのが当たり前だったものが、この新商品だけはバイヤーが、「定価でいいので、うちに納品して」と言ってくるほどの人気を博した。
標準化と特許

鮮度を保持する容器と製造設備を完成させた同社が次に取り組んだのが、PIDの標準化(JIS)と特許登録だった。当時JIS化を行うのは、大企業が中心で中小企業にはほとんど前例がなかったが、経済産業省や日本規格協会の支援を得て「高機能容器における酸化防止性の評価方法」をJIS制定にこぎつけた。結果として、PIDの性能が第三者から裏付けられて信頼度が高まり、他の食品メーカーからも採用したいという要望が寄せられるようになった。
また、特許登録も同時に進めた。二瀬社長は前職時代に自社開発した技術が取引先に勝手に使われていたという苦い経験があり、特許登録の重要性を認識していた。それも、世の中に製品が出回れば知られてしまう部分は特許で守りながら、内部の目に見えないノウハウはあえて特許にせず秘匿する「オープン・クローズ戦略」をとっている。同社がこれまでに出願した特許は累積数百件となり、自社技術を守る要として機能させている。
燕三条のモノづくり力を得てファブレス経営を貫く
同社は、「開発は自社、製造は社外」というファブレス経営を貫いている。「自社の少ない経営資源はアイデアを具現化するための基礎研究に集中投資し、巨額投資と人件費負担の大きい製造拠点は持たず、協力企業の力を借りる」というのが、二瀬社長の経営方針だからだ。同社が拠点を置く新潟県三条市は、いわゆる「燕三条」と言われる金属加工産業の一大集積地であり、協力企業も豊富に存在した。二瀬社長が、ヤマサの工場でPIDの製造設備の改修のために、毎日設計図を書いては送っていた相手も協力企業の中の1社だった。「翌日には、しっかり設計図通りの部品を加工して、こちらに送ってくれた。燕三条のモノづくり力のすごさを思い知った」と協力企業の力を頼りにしている。
自動充填包装機「GANSHIN」の誕生

同社が次に取り組んだのは、液体と固形物が混ざった食品を連続充填する装置の開発だった。レトルトカレーのような液体と固形物が混ざった状態の食品を充填包装する時に課題となっていたのが、フィルムを熱で圧着させる際に、圧着面に液体や固形物をかみこんでしまうトラブルが多発していることだった。同社は流動固形物を充填できる粉砕含浸法「粉砕含浸シール」を開発、この技術を基に、液体充填包装機「GANSHIN」を完成させた。
さらに、シール状態をリアルタイムで画像検査し、不良を検出する「画像検査システムFSS」や、機械を停止させずにフィルム原反を交換できる装置「オートスプライスTUNAGU」などの周辺装置も開発、導入した顧客が工程を自動化できるシステムとして提案した。人手不足や充填時のトラブル発生に苦労していた食品業界にとって待望の装置となった。「GANSHIN」は同社の主力商品にまで成長した。
設立時から定年制を導入せず

二瀬社長は会社設立当初から定年制を採り入れなかった。「研究者や技術者は歳を重ねて研鑽を積み、経験や知識は増加する。人間の価値が目減りすることはない」という考えからだ。社員は自分の健康に留意しながら、意欲を持って業務に取り組んでいる。同社の社員の年齢構成は20~70歳代と多彩で、シニア世代が若手に技能を教える姿があちらこちらで見られるという。二瀬社長自身も70歳代となったが、まだまだ経営の第一線で新しい開発や販路開拓に取り組む意欲を持っている。
開発の基盤は人

開発の最前線に立つのは二瀬社長だが、後進の人材育成にも力を入れている。中小企業大学校三条校に社員を派遣し、経営を学ぶ機会としている。「大学校から戻った社員は目の色が変わり、人格的にも成長している」と二瀬社長は言う。また、社員にはチャレンジを奨励し、結果がうまくいかなくても責任は問わないようにしている。「当社には始末書という制度はない」と言い、結果より挑戦する気持ちを大事にして、社員のモチベーションを高めるようにしている。
今年の3月に、新潟県工業技術総合研究所と共同開発した「充填包装機のユーザー支援システム」が、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の生成AIサービスの開発成果を競う、懸賞金活用型プロジェクト「GENIAC-PRIZE(ジーニアック・プライズ)」で地域賞を受賞した。装置の使い方やトラブルについて質問を入力すると、生成AIが対処方法を回答する支援システムで、トラブル対応の標準化や問い合わせ対応時間の短縮といった顧客サポートの品質向上と生産性向上を実現させたことが評価された。中小企業では生成AIの活用に躊躇する企業が多い中、同社の挑戦する姿勢がここでも現れた結果だ。
開発力を磨き、それを標準化や知財で守る。同社は開発型中小企業のあるべき姿を実践し続けている。二瀬社長は「中小企業でも開発力がなければ生き残ることはできない時代。そして開発力の基盤は人」と言い、人を中心に据えた経営を実践している。
企業データ
- 企業名
- 株式会社悠心
- Webサイト
- 設立
- 2007年7月
- 資本金
- 9,200万円
- 従業員数
- 24人(2026年6月時点)
- 代表者
- 二瀬克規 氏
- 所在地
- 新潟県三条市柳川新田964番地
- 事業内容
- 食品用充填包装機、包装資材の製造・販売



