2026年 7月 3日

各務原商工会議所

岐阜県各務原市はモノづくりが盛んな都市だ。航空自衛隊岐阜基地が立地し、航空機産業が発展。自動車関連のメーカーが数多く集積し、製造品出荷額は20年以上も県内1位を堅持している。各務原商工会議所は、2006年から地域を牽引する企業などとの人事交流を実施。トヨタ自動車の完成車メーカーとの人事交流で学んだ「カイゼン」の取り組みを中小企業・小規模事業者支援に活かし、大きな成果を上げている。

「日本一の商工会議所」目指して人事交流

各務原商工会議所の所和彦・経営支援課長

「ものづくりの現場を体験すると、経営者や働く人たちの苦労を肌で感じることができる。課題を掘り起こし、徹底してムダを省く『カイゼン』の取り組みは、製造業だけでなく事務系の業務にも通じる。現場を経験したことで、より深みのある事業者支援ができるようになった」

こう語るのは、各務原商工会議所経営支援課長の所和彦氏。2012年に地元のトヨタの完成車メーカー、岐阜車体工業に出向し、トヨタ生産方式(TPS)を実地で学んだ。その経験をベースに地域の中小企業・小規模事業者の経営支援を展開している。

2021年には日本商工会議所が実施した経営改善普及事業発足60周年記念表彰で、各務原商工会議所が経済産業大臣表彰を受けた。また、2022年には日商創立100周年記念関連事業として実施した「全国経営指導員支援ノウハウ・事例発表会」で所氏がグランプリを受賞。その支援手法は、支援者サイドからも高く評価されている。

所氏の所属する各務原商工会議所は、1988年に設立された比較的新しい商工会議所だ。会員数は3059事業所。19人の職員のうち経営指導員は所氏をはじめ5人、業務支援員2人の体制で地域の事業者の支援に当たっている。2004年に当時、岐阜車体工業会長だった星野鉃夫氏が第4代の会頭に就任すると、会議所の業務改革に着手。各務原市や民間企業との人事交流をスタートさせた。

商工会議所の職員1人を1年間、市内の民間の製造会社に出向させる一方、市と民間企業の職員を商工会議所に受け入れる。所氏によると、「商工会議所のみならず、民間企業のモデルとなるような日本一の商工会議所を目指す。そのために別の世界を見てきなさい、というのが星野会頭の考えだった」という。

人事交流で出向者に与えられたミッションは、TPSにおける「カイゼン」を学ぶこと。企業から商工会議所に出向した職員は商工会議所の「カイゼン」に取り組む。会議所事務局に業務改善プロジェクトを立ち上げ、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)をはじめとした事務局内の業務改善に取り組んでいる。

1年3カ月間、実地で「カイゼン活動」を学ぶ

出向先の岐阜車体工業で、カイゼン活動に取り組む所氏(2012年当時)

人事交流は事務局トップの事務局長と相談所長から始まり、上から順番に行われた。スタートしてから6年後の2012年、所氏に順番が回ってきた。

所氏は当時30代の若手。大学を卒業後、地元金融機関に就職し、2002年に各務原商工会議所に入所。出向前は中小企業相談所に所属し、小規模事業者に向けて税務や労務や金融など幅広くサポートする経営改善普及事業の仕事を担当していた。

製造現場を経験するのは初めて。期待半分、不安半分の出向だったという。出向先では、ものづくりの仕事をするのではなく、各工程でのカイゼン活動に取り組んだ。ミッションを与えられ、3カ月に1回報告することが求められた。

各務原商工会議所会頭だった岐阜車体工業の星野鉃夫会長(左)に活動の状況を報告

ミッションのテーマは「人のばらつき作業の低減によるサイクルタイムの安定」「設備能力を100%使い切るためのサイクルタイムの短縮」など。製造現場を観察し、何が起きているのか問題・課題を見つけだす。ストップウォッチを持って作業の流れを計測しデータ化。「起きている問題を『見える化』し、真因追究したうえで解決すべき課題をしっかりととらえる。自分で仮説を立てて、改善策を出していく。それを繰り返し、徹底してやらせてもらった」と所氏は振り返った。

4月から2カ月間は組み立て・物流ライン、次に部品工場を回り、さらに12月にはプレス工場、と各工程で「カイゼン」に取り組んだ。加えて、仕入れ先のカイゼンを推進する「研鑽会」の活動にも参加させてもらったという。

「カイゼンには終わりがない。『乾いたタオルをしぼるように』とよく例えられるが、カイゼンをやりつくした現場でも愚直に徹底して0.1秒でも短縮する。それくらいの姿勢がないとカイゼンはできないのだと実感した」。徹底した5Sの取り組みにも目を見張った。原則1年だった出向研修は、1年3カ月に延びたそうだ。

商工会議所に復帰、「現場第一」で事業者支援

パン製造卸売会社で作業のようすをチェックする所氏(左)。現場を直接みて改善点を探る

「製造業の仕事はサービス業や飲食業と違い、外部からは見えにくい。製造業を営む事業者から商工会議所で相談を受けても製造方法や設備について知識が乏しく、業務に不安を感じることがあった」と語る所氏。だが、出向を経験したことで、そんなアレルギーも吹き飛んだ。「この設備を導入すると、どのようにサイクルタイムが短縮されて、生産性が上がるのか。そんなシミュレーションも立てられるようになった。これは本当に助かっている」という。

商工会議所に復帰した翌年の2014年は小規模事業者支援法が改正されたタイミング。商工会や商工会議所の業務は、税務や金融などの支援のほかに、経営状況の分析や市場調査、販路開拓の支援も法定化された。小規模事業者を支援するため、経営計画の策定もサポートしなくてはならない。これまで経験がなかった支援に取り組むことが求められたが、「まさにその土台となる部分を出向時に経験できた」と所氏は胸を張った。

所氏の経営支援は現場第一主義。まず製造現場を訪問し、工程ごとに現場で起きていることを把握する。

「新たに設備投資するにしても、ボトルネックとなっている構造を改善しない限りはうまくいかない。まずは、全体のモノと情報の流れを把握し、各工程の製造能力を見させてもらう」と所氏。各工程をタブレットで動画撮影し、サイクルタイムを計測する。そのうえで、新たな設備投資によってどれくらいの成果が見込めるのかをシミュレーションする。さらに、設備以外の作業者の動きにも着目し、経営者にヒアリングして課題を抽出。「カイゼン」につなげていく。

事業者と一緒になって原因を追究。「顧客の生の声を聞こう」と、別の商工会議所から、事業者と取引関係のない潜在顧客を紹介してもらい根本的な原因を探るなど機動的な支援を行った。「『問題は上流にあるから、上流をみなさい』というのが星野会頭の口癖だった。実際に元請け側の会社に話を聞いてみると原因がみえてきて、新たな受注獲得のきっかけをつかむことができた」と所氏は語った。

中小企業・小規模事業者向けに“カスタマイズ”

各務原商工会議所が入居する市産業文化センター

さらに、所氏は「TPS研修の学びを、そのまま中小企業や小規模事業者に当てはめてはいけない」とも指摘している。これまでの支援の経験をもとにTPS活用のポイントを4つ挙げている。

(1)原因の掘り下げに執着せず、「なぜ」とは聞かない
(2)「どう伝えるか」ではなく、「何を」伝えるか
(3)確実な前進のために「完璧主義」を排除
(4)時には「効率性を度外視」する

TPSでは徹底して問題の真因を追究する。そのために「なぜ」「なぜ」と真因を深掘りする。だが、これを当てはめると事業者が委縮してしまう。「原因の掘り下げに執着せず、整理した情報を事業者が認識している経営課題に紐づけていく形で認識できるようにすることが大事」と所氏は説く。完璧主義を排除し、時には効率性も度外視する。「トヨタの『カイゼン』は、高度に体系化された優れた仕組みであり、数値に基づいて改善を積み重ねていく考え方が徹底されている。一方で、小規模事業者では日常管理の成熟度に違いがあり、詳細なデータを継続的に収集することが難しい場合も少なくない。そのため、TPSをそのまま取り入れるのではなく、事業者の実情や管理レベルに合わせて、無理なく継続できる仕組みへとアレンジしながら活用していくことが重要」とも指摘していた。

各務原商工会議所は県内の商工会議所職員を対象に製造現場でカイゼンを学ぶ研修を実施している

中小企業や小規模事業者への経営支援は、課題設定型の伴走支援が大きな方向性となっている。経営者に会社の本質的な課題への気付きを促し、自らの力で課題解決に取り組むよう後押しする。そのノウハウがTPSには詰め込まれている。出向を経験したことで、所氏は知らず知らずのうちに、いち早く課題設定型の伴走支援を事業者に提供できるようになっていった。

各務原商工会議所では、人事交流の取り組みの有効性を知ってもらうため、県内の商工会議所を対象に年2回、ものづくりの現場を体験してもらう研修会を開催している。「他の商工会議所の方々に製造業への出向の話をすると、『さすがにうちでは無理』と言われてしまう。1年間の出向は難しいかもしれないが、1カ月でも2週間でも経験するだけでも変わってくる。ぜひ取り組んでほしい」と所氏は訴えている。

事例紹介

補助金を活用し積極投資 作成した事業計画が教科書に 豊桑産業株式会社・織田龍次代表取締役(岐阜県各務原市)

豊桑産業の織田龍次代表取締役

岐阜県各務原市の豊桑産業株式会社は、およそ90年にわたって天板などの木工製品の製造を手掛けてきた。「一歩先ゆく木工会社」をスローガンに、最新のデジタル技術や製造設備を積極的に導入。高品質の製品を効率的に生産できる態勢を整備し、業界をリードする企業に急成長した。2019年に各務原商工会議所の伴走支援を受けたことをきっかけに、補助金活用を含めた資金調達がスムーズになり、成長を大きく後押ししている。

天板を製造する豊桑産業の工場。自動化が進められ、人の数は少ない

「得意としているのは、テーブルやキッチン台などに使われる天板。家庭やオフィスのどこにでもあるもの。単品生産にも対応し、一枚のどんなものでも短納期で出荷できるところがすごいと言われる。それと、まずノーと言わない。社員には嫌がられるが…」と代表取締役の織田龍次氏は笑顔で話した。

製造現場のデジタル化を進めるため、2015年にドイツの木材加工機メーカーの生産管理ソフトをものづくり補助金で導入したのをきっかけに、補助金の活用に取り組むようになった。最新の生産設備を積極的に導入するとともに、独メーカーのソフトをベースに自社で独自に基幹システムを構築。それぞれの機械を連動させ、情報を一元管理しながら、効率的な高品質の製品を製造する。そのネットワークはベトナムの工場ともつながっているという。

タブレットで作業工程のようすを撮影し、課題をチェック。事業計画の策定に役立てた

創業は1938年(昭和13年)。祖父が愛知県扶桑町に建具や家具などを製造する木工所を設けたのが始まりだ。1960年ごろから人形ケースの製造を手掛け、父の代に変わると、人形ケースがメインの事業になった。季節によって受注の幅が大きく、経営は不安定だった。

織田氏は1985年に家業に入った。だが、資金繰りに日々苦労する父の姿を間近にみて、弟と二人で新たなビジネスをスタートさせた。「当時、塗装は外注に出していたが、それを自社に取り込むことにした。40坪ほどの小さな工場を借りて、塗装の仕事を始めた」。すると、人形ケースだけでなく、自動車の部品や建材の塗装の発注を受けるようになった。そうこうしているうちに塗装と一緒に木工の加工まで依頼されるようになったという。

取引先の信頼を確保し、受注は右肩上がりで増えた一方、2000年を過ぎたあたりからは人も設備も不足し、生産体制が追いつかなくなってしまった。設備の導入が急務となり、補助金の活用に取り組むようになった。しかし、申請しても期待通りには採択されず、5件申請したうち、採択されたのは2件のみ。設備導入できれば生産性は確実に上がるものの、投資費用は限られる。歯がゆい思いをする中、同社の部長クラスの社員が各務原商工会議所に相談に訪れたのが、経営支援課長の所和彦氏との出会いにつながった。

所氏との出会いが成長を大きく後押しした

所氏によると、「不採択となった補助金申請の事業計画書をみせてもらったが、改善が必要なところがいくつかあった」という。会社を訪問し、織田氏と面談。事業の背景・内容や経営状況、設備導入の目的などをきめ細かくヒアリングした。さらに製造現場を見学。作業の流れを録画し、各工程の製造能力を把握しながら、人と設備の動きをチェックした。また、製品ができあがるまでのリードタイムの確認も行った。それをもとに事業計画をはじめとする申請書類を作成。織田氏はその出来栄えに驚かされたそうだ。

「ヒアリングでは、真摯にお話をさせてもらったが、じっくりと私の話をすべて聞いてくれた。それを受け止めて、事業計画に落とし込んでくれた」と織田氏。また、作業工程の計測データをもとに新たな設備を導入することでどれだけ生産スピードが上がるかを明示して、貢献金額まで申請書に落とし込んだ。「これまでは、『こうすると短縮できる』というような抽象的な表現だったが、それを『見える化』し、基準を作ってくれた。これは非常に大きかった」と目を細めた。

所氏の伴走支援を受けて作成した書類をもとに、設備導入のための補助金を申請。補助金獲得につながった。事業計画のベースができると、さまざまな補助金の申請にも活用できる。その後、約10件の補助金を申請したが、不採択になることはなくなったという。「従業員1人が1時間に生み出す売上額を2020年から計算しているが、当時に比べると、今の売上額は約2倍に増えている。補助金で導入した設備が手伝ってくれて、この結果が出ている」と織田氏は成果を強調した。

所氏とともに作成した事業計画について織田氏は「現場で使える、われわれの教科書になった」と話す。経営の課題に対して多くの「気付き」を与えてもらい、目指そうとしている経営の方向性を言語化することができたと評価していた。

各務原市にある豊桑産業

豊桑産業では、今後、生産設備の自動化をさらに進める考えだ。24時間操業できる態勢を目指すとともに、消費者向けの商品展開にも取り組んでいる。「このまま円安が続けば、外国からの人材も来なくなる。もはや日本よりもベトナムの工場の方が採用に苦労している状況だ。資材価格が上昇すれば、今まで通りの仕事が減るかもしれない。さらなる成長に向けて自動化は不可欠。商圏や商材も増やさないといけない」と織田氏は語る。また、働きやすい職場環境づくりや障がい者の雇用創出にも尽力している。「補助金ありきではなく、やる必要がある課題解決に向けて補助金を活用させていただいている。今後も、さまざまな支援を活用しながらさらなる成長にチャレンジしたい」と織田氏は話している。