ポカリスエットは1980年に発売された。当時の日本には米国からジョギングブームが上陸し、走って汗をかく快感が人々に広がり始めていた。
ポカリスエットが世に誕生するきっかっけは73年、2人の男の頭に浮かんだ発想からだった。そのうちの1人が当時の技術部長・播磨六郎氏。播磨氏は同じ年に「飲む点滴」を思い浮かべた。そしてもう1人が当時の徳島工場長・大塚明彦氏(76年に社長就任、現在は大塚ホールディングス会長)。大塚氏は「汗の飲料」ができないかと考えた。
特に播磨氏の発想は壮絶な体験に基づいている。73年に清涼飲料の原料を視察するためにメキシコへ出張、そこで水事情の悪さから腹をこわしてしまった。外国人がしばしばかかる感染症だ。スペインに滅ぼされたアステカ王朝最後の王・モクテスマ二世の恨みと言い継がれ、現地で「モクテスマの復讐」と呼ばれる感染症だった。
その復讐に七転八倒して入院。診察した現地の医師は播磨氏に抗生剤と炭酸飲料を与えてこう言った。
「体内の水分と栄養分が失われているから、とにかく水分を飲んで、後で栄養を摂るように」
その言葉にヒントを得て播磨氏は「水分・電解質の経口補給飲料」、つまり「飲む点滴液」をイメージしたという。そして帰国後に大塚氏にその思いを報告した。が、それを聞いた大塚氏は「まだ機が熟していない」と判断した。商品化にはまだ早すぎる、と。
そして時を経て77年、社長に就任していた大塚氏からポカリスエット開発の本格的な検討が播磨氏たちに指示された。ポカリスエットの発想の原点は両氏の「汗の飲料」であり「飲む点滴液」。どちらのアイデアも"水分と電解質を補給する飲料"を目指したものだったが、そのコンセプトを商品化するためにはいくつもの越えるべきハードルが待ち構えていた。